忍び音 第壱拾章「刻みし愛本物へ」
ただ走った
振り返ることも無く
枝で己の足を傷つけようとも
痛みなど無かった
あの人にしたことを思えば痛くなど無かった
気づいた時には心は死を決意していた。
そして足は死場を求めていた。
が行き着いた場所は滝。
「ここは……。」
似ていた。
紫苑葉隠れの地内だが、がいつも修行を積んでいた場所と似ていた。
「ここからなら……」
は滝の上に立ち下を眺める。
滝の水は勢いよく流れ落ちる。
その底は闇で見えず、まるでを奈落の底に迎え入れるかのようだった。
「ごめんなさい……。」
は再び涙を流す。
「ごめんなさい。母上、父上、婆様。」
任務を遂行できなかったこと。
「ごめんなさい。ブン太。」
敵を討てなかったこと
「そして…ごめんなさい。雅治様。」
愛していると知ってなお、裏切ったこと。
「さよなら………」
の体が重力に預けられる。
「まだ、俺は許してない。」
びっくりした。
もう、逢えない人がそこにいた。
さっきまで宙に浮き無重力状態だったの体は
しっかりと雅治の胸の中で着地していた。
「雅治様…っ!!」
「俺はまだ許してなか!、お前は俺が守る。」
「でも!私はあなたの命を…」
「命なんてくれてやる、あの日、あの時!出会った時から、俺の命はのじゃ。」
の瞳から涙はとどまることをしなかった。
「それに、俺はお前さんを好いとーよ!愛しとーよ!」
「雅治様っ…!」
「だから、死ぬな。俺の前からいなくなるな。」
「ごめんな……ぁっ…」
言葉が終るか終らないかでの強引な口付け。
それだけで、二人の言葉は通じた。
もう、何も言わなくても…全部許される。
「雅治さ・・っ「雅治…じゃ。」
「ぇ?」
「様はもういい。敬語もだめ。俺たちはお互い好きおおとる恋人じゃ。」
「ぅ…ん……雅治…」
「上出来じゃ。」
やっとの思いで結ばれた二人は小屋に戻った。
そしてただひたすら今まで距離を縮めるがごとく愛を確かめ合った。
気がつけば時にはすでに世が少しずつ明けようとしていた。
「そおいや、お前さんに返そうと思っとった物があってな」
「…ぇ?なに?」
「これじゃ」
そお言って雅治は懐から小さな鈴を取り出した。
「この鈴………。」
「お前さんがおとしたんだろ?」
「…はい。けど………」
「しかも、俺の小屋に忍び込んだ時に…」
そお言われはっと顔を上げた。
その様子をただ雅治は面白げに見る。
「知っとたよ。知っててを好きになった。
知ってて、全てを教えた。」
「雅治・・・・・。」
「それが、お前を傷つけて悩ませとったなら、もっと早く言えば良かった。」
「…いいんです!私が……って…言ってても切り無いです」
「そうだな、止めにすっか。」
そお言って微笑む二人はただ幸せだった。
そして運命の歯車は止まった。
ただ、運命は変えられないのだろう。