忍び音 第六章「結ばれぬ定め」


この怒り―――――
 
     どうすれば―――――――ぃぃ?



が敵地に着いたのはまだ夜が明けきっていなかった。

ただうっすらと漂う霧はもろく冷たい雪のようで、
の心を思わすかのようだった。


「痛っ―――。」

わざと罠にかかったは声を挙げる。

もちろん、声に反応して忍びが数人やって来るのは計算内


「何奴!お前…見ぬ顔だな。」


前にもあっただろーが!!っていいたいけど
前に来た時は変装して少し顔を隠していたから分からないのだろう。


「娘、迷い人か?」


そして何より、今回のの格好は前に町に出た時と同じ
ただの町娘の格好。

「すみません。山を抜けて峠を越えた町に行くつもりが迷ってしまい、この始末です。」

適当な嘘をつく。

「ここはどこか知りませんか?」

「ここは普通の山奥の村だ。娘、少し休んでいくか?」

そして、相手も嘘をつく。

何事も無いことだ、ただ忍びの村だからと言ってなにを隠す必要もない。
戦術や忍術に長けている以外なんら他の人とかわらぬのだから
娘を住まわせても、隠し通すなら代わりはない。

「本当ですか?ですが…村の頭首様はお許しに…」



「かまわんよ。俺はきにせん。」



の言葉を遮って現れたのは紛れもなくあの人

憎くも愛しい――――――雅治様。


「あぃ?お前さん。あの時の」

「はい!あの説はお世話になりました。
 まさか、雅治様がこの村の頭首だなんて」

「ははっ、ビックリしたか?俺もじゃ。
 まぁ、とりあえず休め、俺の部屋に案内しよう。」


そお言って差し出された手はあの時のままだった。
ただ、の心の目にはそうでも、ブン太のことが浮かんだ心の目では優しくなど見えなかった。


村の人も、頭首様の知り合いならと心を許し
いつまでもいれば良いと言ってくれた。
雅治様は信頼があるのだろう。


案内された所はもちろんあの離れ小屋。

「さぁ、入りなされ。」

「お邪魔します。」

「そこにでも座っててくれ、今何か…っとなにもねぇ〜な。」

「お構いなく。それより雅治様、何故こんな所に?」

「こっちの方が落ち着くんじゃよ。は山は嫌いか?」

「いえっ。どちらかと言うと好きです。」



「そうか、なら…忍びは…嫌いか。」



その質問に胸が鳴った気がした。

「…嫌いじゃないです。…どうしてですか?」

「いや…何となくじゃ。」









そんなたわいもない会話をしていた。
今日一日ただそれだけ。何事もなかった。
けど、はそれで良かった。
 
これから少しの間、任務遂行までの間

     ただこの少し幸せな時がゆっくり流れてくれれば――――――